自閉症スペクトラムと診断されて

2歳で境界知能ASDと診断された普通級に通う6年生男児を育てる母の子育て記録

ボーダーとかグレーゾーンとか

グレーゾーンとは?

→(白か黒か)どちらとも決めかねる、あいまいな領域。

発達障害のグレーゾーンとは、発達障害の症状は見られるものの、発達障害の診断基準を満たさない状態を指す俗称。

 

ボーダーとは?

→一般的には① 境目。境界。② ふち。へり。

 

発達障害のボーダーという表現はグレーゾーンと混同して使われているのかなという印象。

発達障害の傾向がうっすらとしている場合。

専門家の認識では、ボーダーというと知的障害も若干ある、という時に使うことが多いそうです。(つまり発達障害としては診断はどの医者でもされるが、知的障害の診断はされない。ただし知的障害との「境=ボーダー」にある)

自治体によるがIQ70や75を下回ると療育手帳が取得できる。一方、75~90ぐらいの領域は療育手帳は出ない場合が多いものの、「知的に厳しい」面は多い。

具体的に言うと、デスクワークは難しく、作業系の仕事が将来的には考えられるが、手先が不器用だったりこだわりがあったりして、実は一部の作業系に向かないケースもある。

このため、語弊を恐れずに言うと「純粋な」知的障害の人よりも、作業系の仕事でパフォーマンスが低くなってしまう。

行動面で大きな課題があるわけではないので、障害年金(6万円強/月)も得られない。仕事にも就きづらく、年金というサポートも受けにくいという状態である。

 

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最近いろんなママとお話していると

 

「あの子グレーなんじゃないかな?」

 

と言う定型児を持つママに遭遇したりします。

数人とかではなく結構な頻度で。

 

 

そういうコメントをされるママというのは、ほとんどの場合上にもお子さんがいるので、いろんなお子さんを見てきた経験値、子育てしていて知識は多少あるのもあってそうおっしゃるのだと思います。

かなりの違和感や不適切行動を複数回目の当たりにすると、昔はあの子ちょっと変だよね。(そういう子のお母さんも大抵変わっている)

くらいにしか思われていなかったのが、今はボーダーとかグレーゾーンという表現するのに便利な言葉があるので、そっちを使った方が人に伝わりやすいというかね。

 

 

会話の中に出てくるお子さんを知らない私からすると、いくら事実を述べた話でも、最終的には他人の悪口っぽい話になっているので、聞いていてちょっと嫌だなーと思うこともあります。

そういう話をなさるママは、大抵自分の子どもがいわゆるグレーゾーンやボーダーっぽい、だけど普通学級に通っている子からいろいろ被害を受けていたり、親子で巻き込まれていたりするので、話の流れでそういう話を聞くことがあるんですね。

聞かされるエピソードが、えー!ってびっくりするというか、ドン引きするような内容だったりするので、愚痴りたい気持ちもちょっと理解できるというかね。

親も子どもの困難に気がついていないか、何もしていない場合が多いので、余計もやっとした気持ちになるみたいです。

 

 

定型児を育てるって楽じゃん?と思っていたのですが、周囲のお友達が我が子に与える影響ってかなり大きいですから、時として先生や学校を含めた周囲に定型のお子さんが翻弄されてしまうこともあるのだなと思いますね。

それに親も悩まされたり、翻弄されてしまうというか。

 

 

ここ数年で、こんなにも世のお母さん方に発達障害、ボーダーとかグレーゾーンとかっていう表現だったりっていうのが、当然のように浸透していることに気がついて衝撃ですね。

 

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うちはグレーどころか真っ黒なので(汗)

息子はおとなしめな性格で、一見普通に見えるんですよ。ですが今後はちょっと変わっている化けの皮が剥がれるかもしれません。

今のところ何とか学校でもやって行けているようですので、学力をつけさせつつ、日々学校でも人間関係や集団生活を経験して学んで欲しいです。

世の中にはいろんな人がいますからねー。小学校は社会の縮図ですよ。

嫌な思いや我慢、思うようにならないこともあるとは思いますが、働ける大人になるための修行ですからねー。

 

 

良いご報告ができました

先日、息子の幼児期に週1療育クラスでお世話になった先生に近所でお会いしてびっくり!

息子のことも覚えていてくださって、とっても嬉しかったです。

 

 

「小学校ではどうですか?」

と聞かれて

「順調に頑張っています。」

とお答えしました。

息子は「楽しいよ」と答えていました。

(塾では底辺。小学校レベルの国語の文章読解もおぼつかない学力なのですが、、、)

 

 

とりあえず小学校に楽しく通い、友達と遊ぶ。座って授業を聞き積極的に手を挙げて参加している。学校の宿題にもきちんと取り組んでいる。

学校ではずば抜けてできる子ではないが、とりあえず底辺ではない。という感じでしょうか。

 

 

普通に学校生活が送れるまでに成長したのが、今となってはその状態が普通。くらいに思ってしまうのですが、、、

よくよく考えてみたら、息子がまだ幼児で療育受け始めくらいの発達がかなり遅れていた頃を思い出してみると、今の状態が本当に夢のようですよ。

子どもってこんなに変わるものかと思いますね。

プライベートでも本当にあたたかくて明るい先生で、お話できてこちらが先生の存在に癒されました。

 

 

私にとってはあの辛くて厳しい療育通いの日々は、もはや消し去りたい、思い出したくない黒歴史といった心境ですが。

息子にとっては、お世話になった先生も大好きだし、幼稚園とは別のお友達といろんな経験ができる楽しい充実した時間だったはず。あの経験が今の息子の成長の一助になっているのかなとは思います。

 

 

今の息子を見ていると、全体的に自分でやれることも増えましたし、親側の目線で言うとかなり育てやすくなりました。

勉強もその他も、本人なりに頑張って取り組んでいます。

自閉っ子の特性のこだわりだったり、人とのコミュニケーションの難は特に感じられなくなりました。

他のお子さんよりもちょっと甘えん坊というか、幼いように思いますが、学校でも不器用なりに頑張ってやっているようです。

いろんなタイプのお子さんがいて、揉まれて育っているのかな。

 

 

低学年だから学校でもなんとかなっているのか?

と不安になる時もありますが、息子が小学校の普通学級でやっていけるように、息子に関わっていくのが私の役目ですからね。

あまり過保護になり過ぎず、息子の生き抜く力を信じようと思います。

 

 

先々の進路も考えなくてはいけませんし、学力をつけさせることも、親のフォローがやっぱり必要。

もうすぐ1年生が終わりますが、6年生まで今の小学校で充実した生活を送って欲しいですね。

個人的にどこの公立小学校でもきちんとした学力の習得は難しいと思っていて、小学校は集団生活や多様性を学ぶ場である。と割り切って考えています。学力に関しては外部の力を借りつつフォローしていきます。

 

幼児期には幼児期の、就学後には就学後の苦労があるものなのですね。

子どもの学力

今年のお正月、主人が文章読解のテキストを息子にさせたのですが、息子のあまりの理解力の無さに教えるのに一苦労。

もう息子に勉強を教えたくないとすでに根をあげています。

(普段ほとんど私がやってるんですけど?)

 

 

息子の勉強に関しては、テストの得点や偏差値を上げたいというよりは、文章や問題(問われていること)を理解して、きちんと考えて答えられるようになってもらいたい。

そもそも幼いがゆえなのか、語彙や知識が少ない。

 

 

すぐに「わからない」「教えて!」と受け身な息子の様子を見ると、自分で解決しようという気持ちに欠け、かなりの他力本願。

テストはいつも出来た!と自信たっぷりで、そのくせ毎回テストで点が取れていないので、テストの点が悪かったと泣く。

私の育て方に問題があったのでしょう。

早急に何らかの対策が必要です。

 

 

 

最近残酷なデータを目にして、暗い気持ちになりました。

 

 

実は子どもの学力というのは、小学校入学時にほぼ決まっていて、そこからほとんど変動が無い。

 

文部科学省(当時は文部省)が公立小学校で1853人の子供を対象に行った調査で、86.7%の子供が小1から小6までの間で成績がほとんど変わっていなかった。

成績がはっきりと上がった子は、たったの8%しかいなかった。

 

 

つまり、成績が良い子は始めから終わりまで

ずっと良いままで、成績が悪い子は始めから終わりまでずっと悪いままなのです。

 

 

多くの保護者がしている誤解に

 

「勉強すれば成績は上がる」

 

というものがあります。

 

 

これは大きな間違いです。

勉強すれば、学力は必ず上がります。

昨日できなかったことが今日はできるようになります。

しかし、順位は上がるとは限りません。

他の子も同じだけ成長するかもしれないし、

他の子の方がもっと成長するかもしれないからです。

つまり、偏差値も上がるとは限りません。

むしろ上がらない方が普通なことです。

だから、多くの塾は入塾テストを実施して、最初からできる子を囲い込むのに必死なのです。

 

引用終わり

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低学年にして学力がほぼ固定化されるという現実。

もっと早く気が付きたかったです。

そう言われてみれば、息子と同じクラスの補習になったお子さん、公文に通っているにも関わらず今も補習を受けているし、テストの点もなかなか振るわないようで、、、

(聞いてもいないのに、クラスメイトのテストの点を教えてくれます)

 

 

このまま普通に勉強してたら現状維持か下降する。

それをどうにかするには、低学年の子ども1人の力ではどうすることもできない。

なので、塾や家庭教師など外部の力を借り、それに加えて親が家庭学習のフォローをする必要がある。

言葉で言うのは簡単だけど、お金だってかかるし、仕事と家事をこなしながら、疲れた体に鞭打って送迎し、ど素人の親が子どもの勉強を見るのは、ひとりっ子のわが家ですらなかなか厳しいなと思う。

できる限り勉強は教えてるんですけどねー。

 

 

わが家の息子は費用をかけ外部で勉強し、塾での勉強のフォローを家庭でもできる限りしていますが、結果が伴わないということは、本人の元々持っている能力がアレと言うのもありますが、私の詰めや計画が甘いのだと思う。

 

 

諦めたらそこで終わり。

棒ほど願って針ほど叶うものなのか。

今より状況が悪くならないように、地道にやっていくしかない。

結局は簡単に成績アップさせる方法なんて無くて、日々コツコツ積み重ねることが大事なんだと思う。

 

 

よく泣く息子

幼児の頃は幼稚園であまり泣くことのなかった息子。

小学生になって、クラスで2番目に泣いていると本人が言っていました。

どうして泣いたのか聞くと、私からしたら結構しょーもないことだったりするので、がっくりします。

 

 

先日、学校から帰宅後、息子が思い出したように大泣きするので、どうしたのか聞いてみると、、、

 

 

学校で工作をした。出来上がった作品の中に書かれている自分の姿を描いた部分を見た友達から「絵が変だ!可笑しい!」とクラスメイトに笑われて悔しかった。

ということでした。

(おそらく本当に変だったんでしょうねー)

 

 

仕事帰りで急いで晩ご飯やお風呂の支度をしたり、宿題をやるように促したりと私が忙しい時間帯だったので、お願いだから勘弁してくれ!と思いましたが、あまりにも大泣きするので、

 

 

「そっかー、嫌だったんだね。やめてって言ってもやめてくれないのは、その子の性格だから仕方ないんじゃない?

そんな感じ悪い事を言う子とは別に仲良くしなくてもいいんじゃないの?

みんな仲良くなんて幻想だから!

そもそも、その子とあんまり仲良くないじゃん。

たまたま近所に住んでいて、たまたま同じクラスになっただけの子なんだしさ。

 

 

それに誰にだって得意なことと得意じゃないことがあるじゃない。(息子は絵が苦手な自覚あり)ママだって、子どものころから絵や工作が苦手だったわよ。

その意地悪いう子が苦手なことって何?

そういえばその子学校で補習受けてるでしょ?

息子は頑張って毎日学校以外で家でも塾でも一生懸命勉強してるじゃない?テストで良い点数取って、もっと勉強が出来る子になって見返したらいいじゃない?

今は笑われて悔しいかもしれないけど、あなたが得意な事で勝負すればいいのよ!」

 

 

と、励ましたけど、国語力皆無の息子に、一体どのくらい伝わったのかは不明。

 

 

最近も習い事が一緒のクラスメイトの子に、息子くん今朝泣いていたけど、どうしたの?と聞かれました。

その理由が寝坊していつもの時間に登校できなかったからで、理由を聞いて私うなだれる。

親としてはそんな事くらいで泣くな!と思いますが、低学年ヘタレメンタル豆腐男子なんで仕方ないのかな。

 

 

学校生活でいろんな人に揉まれて、嬉しいこと悲しいこと、嫌なこと、いろんな経験をすることで、今は時々泣いてしまうけれど、本人が成長していく過程で必要な経験だと思っています。

学校で起きることは、ある程度自分で解決したり、気持ちと折り合いをつけたりして乗り越えないといけないのよね。

ママは学校にはいませんから!

 

 

とりあえず学校では、友達からからかわれることはあってもら誰かをいじめてもいないし、いじめられてもいないようです。

小学校はいろんな子がいるからなぁ。

息子には自分の性格に合った中学校に進学して欲しいと本気で思った出来事でした。

 

 

強くなれよ!

中学受験塾1年生終了

息子が現在週1回通っている塾の1年生のカリキュラムが終了しました。

 

 

学校行事で行けなかった1日を除き、すべて出席。本人も頑張ったと思います。

こんな事を言うのもなんですが、塾のテキストの復習やテスト対策、宿題、勉強を教えて、送迎をこなしている親の私も相当頑張ったと思います。

国語の授業前には漢字テストがあるのですが、出題範囲が決まっていますので、せめて簡単なテストくらいは100点を取らせたいと、嫌がる息子を励ましつつ頑張って取り組ませていましたよ。

男の子に短時間でも自発的に勉強させるのは難しいなぁと感じる日々。

 

 

最近受けたクラス分けのテストでは、うっすらとクラスアップしたこともあり、息子は嬉しかったようです。

それでも塾では底辺ですが、息子は息子なりのベースで地道に勉強に取り組んでいます。

息子と同じ小学校に通う定型のお子さんとクラス分けテストでほぼ同じ点数だったので、境界知能は抜け出したのかなと思っています。

 

 

ちなみにテストの国語は基礎的な漢字の読み書きが問題の半分を占めており、そこを1問も落とさなかったのが成績と偏差値アップに繋がった。

底辺の悔しさを噛み締めながらも腐らずに、諦めずにコツコツやってきた結果なのかなと思っています。

ちなみに国語の長文読解はまったく点が取れていませんでした。もう頭の弱い息子に何をどう教えたらよいのか悩む日々。

国語はすべての勉強の基礎なので、わかっていないと難しい算数問題は解けませんからね。

まだ1年生だというのに本当に頭が痛いです。

 

 

ちなみに比較的得意だと思っていた算数は国語よりも点が取れていなくて、あと2問簡単な問題が解けていたら、もう1クラス上に行けたのに残念です。それができないのが今の本人の実力なのでしょう。

 

 

最近は息子が発達障害だということを忘れて、日々いかに息子の学力が身につくか。

考える力が身につくか。そのことばっかりに囚われています。

 

 

何度も塾を辞めようかと思ったのですが、本人は楽しいから好きなようですし、引き続き来年度もお勉強に励んで欲しいと思います。

(あー、お金をドブに捨ててる、、、)

諦めたらそこで終わりと思うから、諦めずに子育てしています。

私たち親の努力が実を結ぶのは一体いつになるんだろうか?ヽ( ̄д ̄;)(遠い目)

通知表が残念過ぎる1年生

年末に2学期の通知表を持って帰ってきたのですが、、、

 

 

息子に対して日々親が勉強を教えたり、塾や学習教室に行かせ、人様のお力を借りて勉強させているにも関わらず、、、

国語で『もう少し』が1つだけありました。

 

 

顔面蒼白になりましたよ。

たかが1年生の通知表と思われるかもしれませんが、親としては相当ショックです。

中学受験しようと考えている子の成績ではないです。

 

 

前々からわかってはいましたが、息子は国語の文章読解力がまったく無いし、自分で考えて想像することが難しいようです。

塾の長文ならかなり難しいので仕方ないなと思うのですが、学校レベルの簡単なものすらよくわかっていないようで、時々持って帰ってくる国語のテストは100点ではないこともしばしば。

何度も音読しているし、授業もきちんと聞いているはずなのに。

私や主人が普通に子ども時代にできたこと、理解していたことが、息子にはできないという現実に途方に暮れています。

 

 

・・・・・・

 

教育に携わる人が書いたブログを以前読んだのですが、、、

内容をゆるく要約すると

 

勉強面で『頭が悪い』というのは、走るのが遅いとか、歌が上手に歌えないってレベルと同じように、他の人より理解したり暗記したりする能力が劣っているというだけだと。

 

たくさんの生徒たちと接していくなかで、残念ながらやっぱり

「頭の悪い子は存在する」

というのは否定できない現実である。

 


「頭の悪い子」っていうのはもう勉強ができないのか?もうあきらめるしかないのか?

そんな子だって勉強はできるようにはなるのである。

ただ・・・・・


人一倍時間がかかる。

 

例えば普通の子どもが30分で終わる勉強量が

3時間も4時間もかかるとしたら・・・・・

勉強している本人はもちろん、教える側の大人に相当の覚悟が無くては勉強も指導もできない。だからそこには当然、根気強く子どもを指導できる大人が必要になるのである。

 


もちろん親が見てあげるのが一番なのだが、子どもの勉強をすべて見てあげられるわけではない。だから家庭教師や塾などその道のプロにお願いすることになる。

ここで頭の悪い子どもの運命が決まってしまうのである。


子どもの学力に危機感を感じた親が、塾や家庭教師に子どもを預けた親の大多数が子どもの勉強に全くノータッチになってしまう。

もちろん「月謝払っているんだから任せて当たり前でしょ?」って言い分もわかる。

普通の低学力の子なら、優秀な塾さえ選べれば、それでも子どもの成績はきちんと伸びていくのである。


しかし・・・・・

塾の時間はあまりに短すぎるのである。

 


いまや日常生活の大半を過ごす学校は

勉強ができない・・・・っていうか勉強させる気がないから、あとは塾と家庭が協力して子どもの学習を支えていくしかないのである。


でも・・・・塾での学習に関心を持ち、家庭でもそれをフォローしてくれるような親御さんっていうのは実際、皆無に等しいのである。

 

しかし・・・・・そんな親でも、試験の成績だけは気になる。順位が何番上がったとか、下がったとか前回は△点だったのが、今度の試験は□点だったとか・・・・

目に見える成績の上下だけに関心が集中してしまうのである。ぶっちゃけ、こんな親の子どもは絶対に成績は良くならない。


しかも、成績が上がらない責任の一端が親にもあるなんて思いもしていないから、家で塾の復習どころか宿題すらさせようとしないばかりか、簡単に塾を休ませるのである。

 

要約終わり

 

・・・・

 

現実問題として、息子の持って生まれた学習能力が低いからといって、家で勉強見るのやーめた!と諦めるわけにも、日々の家庭学習を放置する訳にもいかない。

私が腹をくくって、お勉強だけは出来る主人を巻き込んで、息子の学力のバックアップをしていくしかない。

 

子どものことを理解し、試行錯誤しながらも適切な指導を行っていくのは

やはり「親の仕事」だと思います。

 

診断から4年

息子が自閉スペクトラム症と診断されてから、早いもので4年が経過しました。

いまだに祖父母や友人、学校には告知せず

今後もカミングアウトはしないと思います。

 

 

普通学級は無理なのでは?境界知能で発達が半年以上遅れている。言葉や排泄、情緒行動面で年齢相応にできることが少ない。激しすぎる癇癪と意思疎通が難しい。

そんな3歳前後の状況から息子は劇的に発達し、息子が年長になる頃には、主治医にも療育の先生にも普通学級に行くことを勧められて安心しました。

現在小学校1年生ですが、普通学級に通い、友達とも遊び、勉強や習い事もこなし、学校の支度など自分でできる事は自分で頑張ってやっています。

習い事にも近い場所なら自分だけで行けるようになり、本当に逞ましくなりました。

 

 

小学校の普通学級だとあまり手厚くは見てもらえないですから、小学校で他のお子さんと同じように問題無く過ごせるようにと息子を育ててきました。

実際に問題を起こす事も無く、比較的順調に学校生活を送っているのですが、、、

最近知って驚いたことは、普通学級しかない息子の小学校で実は週に1回数時間だけ特別支援の療育クラスがあり、息子のクラスからは2人が特別支援クラスに行っていること。

私が考えていた以上には学校側には発達の遅れや偏り、困難には理解があって、支援を必要としている児童には希望があれば出来る限り支援の機会を設けているようです。

 

 

息子には今のところ療育は必要無いですし、配慮や支援が無くても学校生活が送れるように、必死で3年間も療育に通っていましたからね。

親にしてみれば苦痛で仕方がない時間でしたが、今となってはあの努力も無駄ではなかったのかもしれない。息子にとっては沢山褒められるし、友達とおやつも食べられるし、とても楽しい時間だったようですが。

療育施設って定型児を育てるお母さんは想像もできない独特な世界だと思う。あの場所って知らなくてもいいことを知ってしまうというかね。いろんな困難を抱えたマイノリティーのお子さんを見てきたので、そこでお会いするお子さんや親御さんから学ぶ事も多かったです。

息子の学びの場でもあり、私自身の学びの場でもあったと思う。

どのお子さんもそれぞれのペースで発達するんですよね。久しぶりに会ったりすると、あまりの成長ぶりに驚くことも多いです。

 

 

息子は日々本当に頑張っていると思います。

もう少し欲を言うなら、私に怒られなくても自分で考えて行動して欲しい。

自宅での勉強にやる気を出して集中して取り組んでほしい。塾のクラスと偏差値が上がって欲しい!

でしょうか。贅沢な悩みですね。

 

 

 

私にとってこの4年間は気持ち的には10年分以上の濃さで、日々をこなすのが本当に大変だった。

必死過ぎて余裕が無くて、楽しいとか嬉しいとか幸せな感情はあまり持てなかった。

「しんどい、つらい、悲しい」と感じることの方がはるかに多かったです。

ワンオペ育児で、入園後から今に至るまで仕事もしていますので、忙し過ぎて辛さも倍増。

誰にも言えない、気持ちを吐き出せない、相談できない悶々とした日々でした。

 

 

息子の発達が微妙なので、優秀なお子さんを目の当たりにすると、私の気持ちがしんどくなるときが未だにあります。

そう感じるのは私自身元々ネガティブな感情が強い性格もあるのでしょう。

親は子育てで多かれ少なかれ悩んでいるものですが、その悩みが他の人よりちょっと難題なんだくらいに思っています。

 

 

定型児とは発達の仕方が違うのが、その当時は受け入れることが出来なかったんです。

未だにいろいろ教えてもすんなり出来ないことの多い息子を受け入れる事ができなくて、苦しくなることもあります。

息子には運動や勉強をいろいろさせているけれど、どちらも微妙。

自分の事は棚に上げて、無意識に息子には優秀であって欲しい。日々の努力が実って出来る子になって欲しいと思ってしまうんですよ。

 

 

息子にがっかりする事も多いのは事実なのですが、人生はマラソンだと思って長い目で見ながら育てるのが、今の私の課題の1つだと思っています。

毎日いろいろな事に怒り過ぎちゃうんですよね。

あまりイライラせずに、息子に合った関わり方をしていきたい。

 

 

自閉スペクトラム症と診断されたけど、息子はきっと大丈夫。

本人の生きる力、出来るようになりたい!頑張りたいという本人のやる気を信じて、見守ろうと思う。